首里城の火災の日、沖縄にいた。
すぐ近くで起きている信じられない映像をテレビで見て、
楽しかった旅行の最終日、一転して心が重くなった。
街ですれ違う沖縄の人たちの心の中を思うと涙があふれた。
このやるせない気持ちをどうしようと思っていたら、
「せやろがいおじさん」が代わりに叫んでくれた。
→ https://www.youtube.com/watch?v=kxjtXd9SKNs
生徒さんの中にも沖縄出身の方がいて、
沖縄には「命どぅ宝(命こそ宝)」の思いがあるとおっしゃった。
私も、誰も死んでないことがせめてもの救いと思ったよ、思ったけど、、
そう思うしかないやん、そうやって心のバランスをとっていくしかないからであってさ、、
特に沖縄の人たちにとっては、その、ある意味心のバランスをとるためのものが首里城だったわけで、
沖縄のシンボル、心の拠りどころだったのに、、それがなくなってしまうということはどれほどの痛みか。。
昔、社会の授業で「天皇は国民の象徴」と習った。そのときは象徴という言葉の意味がよくわからなかったけど、
大人になり、令和の時代になった今、なんとなく思い、感じるものがある。
わかりやすいものでは、仏像や、神棚など、ヨガでは「太陽礼拝」という動きの中で、太陽(自然)に手を合わせる。
他にも、愛する人であったり、母親であったり、、
形あるものないもの、目に見えるものだけでなく、意識していないところでも、
みなそれぞれに心の拠りどころがあるはず。。
だから、強くなれたり、がんばれたりするのに。。
大切なものを失うということは、とてつもなくつらく、悲しい。
執着心が強く、失うことを恐れる私は、普段から自分によく言い聞かせている。
もし何かを失ったとしてもきっと大丈夫、「大切なものは心の中にある」と信じて、
今はとてもそう思えない、でも、時が癒し、また心のバランスをとりながら、
一生懸命、前を向いて生きていたいと思う。
・・・
しかし、せやろがいおじさんって人は、まじめで嘘がつけない人なんやろな~。
間違ったこと、困った人をほっとけない、裏表のないところがいい。
こちらも見てあげてください。→おせっかいおばさん(*´▽`*)
数あるおじさんの作品の中で、この2つのネタを選ぶところに、
「心根がやさしく、人を想うことができる人」という、彼の人柄が出ているのではないかと思う。
おじさんはレンタルビデオの延滞金1800円に、
私は20年愛用していたブレスレット(ダイヤ)にまだ少し心を引きずられている。。
おっさんもおばはんも、まだまだやな~(*ノωノ)
せやろがい!(ドドン!)
ありがとう。